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タミヤへの道

5歳の頃にプラモデルと出会い衝撃を受けました。

幼稚園で触っていた粘土などとは違い、子供が作ってもカチっとしたものができあがるという、工業製品としての魅力を感じたのでした。

1970年頃といえば、小学校の前に模型屋がふつうにあるような環境で、駄菓子屋にもプラモもどきが売っていました。

友達といっしょになって楽しむうち、田宮模型というメーカーの製品に目が行きました。

店の上の方の棚にある大きな戦車やレーシングカーといった憧れの高額商品と、子供でも買える兵隊セットとが、同じレベルで真面目に造られているのがわかったのです。

パッケージの裏には塗装見本の兵隊の写真がありました。「これを作る仕事がしたい!」 これがタミヤを目指したきっかけです。

それからは、クラスのライバルが先にできたこと(兵隊の目玉を塗るとか)はマスターするまで練習するような子供でした(楽しくね)。

念願かなってタミヤに入社したのは1986年、20歳でした。私にとってプラモデル作りは、7歳から13年間、受験勉強してきたようなものでした。

上の画像は、タミヤカタログに掲載された仕事です。入社当時(1986年)は、企画部工作室という部署でした。

このほか、毎月発行されるタミヤニュースという冊子の「これだけは作ろう」ページの作例製作、コロコロコミック掲載用のミニ四駆改造作品、セナ、マンセル、パトレーゼらF1ドライバーへの贈呈用完成品の製作、全国巡回展モデラーズギャラリー用のジオラマ製作など、9年間、毎日模型を作っていました。そのうえ、始業前の午前7時から8時までと昼休みには趣味のプラモデルも作り続け、まさにプラモデル三昧だったのです。

2016年と17年、5月に開催される静岡ホビーショーと同時期に、JR静岡駅前のホビースクエアで個展を開催しました。

5歳児が29歳(児)になって起業したエアロベースの製品を中心に、個人的に作ったプラモデル作品を飾りました。

題して
「プラモデルのプロになる方法」

こちらで展示したプラモデル作品を1点1点、こちらの「作品集」にアップしていきます。

けっこうな作品数です。気長なプロジェクトですが、どうぞお気楽におつきあい願えればと思います。

 

第一弾はこちら

1/2 1/12 RCポルシェ935

詳細と他角度からの画像は作品集にて